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 更新日 : 2020/03/02 

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1 練馬区独立十周年記念「練馬区史」(昭和32年刊行) 目次(18頁)...一四六七中村良弁塚一四七三石製造立物一四七九区内指定文化財一覧一四九七第五編補説練馬大根の歴史一五〇一千川上水の歴史一五一一練馬の道一五四〇付表および地図練馬区新旧地名...
2 練馬区独立十周年記念「練馬区史」(昭和32年刊行) 第二節 村の状態 上練馬村(323頁)...農業経営は畑に依存していたが江戸の発展にともない、蔬菜供給地として、わけても名産練馬大根の名で知られるようになつた。元祿年間(一七〇〇年前後)には「江都近郊最モ美ナル者...
3 練馬区独立十周年記念「練馬区史」(昭和32年刊行) 第二節 村の状態 下練馬村(341頁)...こに当然相当に広範な蔬菜類の販売による商品貨幣経済の進展を想像することができる。練馬大根に限らず、銭にかえられるものは江戸の市場に持ちこまれたことであろう。新編武蔵風土...
4 練馬区独立十周年記念「練馬区史」(昭和32年刊行) 第二節 商業的農業の発展(442頁)...に草ぼうきに至るまで広範に販売されている。右のうち、大根はすでに元祿頃において「練馬大根」の名声をひろめた商品作物の本命ともいうべきものであるが、ここで草ぼうきについて...
5 練馬区独立十周年記念「練馬区史」(昭和32年刊行) 第八章 幕末維新と練馬(463頁)...の発展にともない蔬菜供給地として貨幣経済の中に引きいれられていく時期である。また練馬大根の名称が天下に知られる時期でもある。元祿時代も綱吉の晩年になると、幕府の財政は窮...
6 練馬区独立十周年記念「練馬区史」(昭和32年刊行) 第六節 板橋区時代 一 市域へ編入の機運(515頁)...ヘク、鋭意努力ノ結果農業状勢モ亦自ラ一変シ、穀菽蚕業ノ業ハ蔬菜ト変リ、今ヤ西瓜及練馬大根ノ名産地トシテ、其ノ額多額ニ上リ、本村ノ主要産物トナレリ。以上にみたように、中新...
7 練馬区独立十周年記念「練馬区史」(昭和32年刊行) 第一節 明治大正の人口(542頁)...とはことなり、その増加の度は実に低いものであつた。毎日毎日を農耕にくらし、名物の練馬大根の作成ということに収入の望みが大きくかけられていた区内の各村々にとつては、特別に...
8 練馬区独立十周年記念「練馬区史」(昭和32年刊行) 第二節 明治時代の農業(565頁)...帯では葉菜類が主で、ねぎや菜類がその特産で、根菜類では根の短いものが適し、そこに練馬大根を代表とし、にんじん、ごぼうなどを特産とする練馬板橋地帯と根本的に相違を示してい...
9 練馬区独立十周年記念「練馬区史」(昭和32年刊行) 第二節 明治時代の農業(568頁)評を博した練馬大根の沢庵漬は、副業というより経済面では主力をなすものであつたようである。幕末の区内...
10 練馬区独立十周年記念「練馬区史」(昭和32年刊行) 第三節 大正時代の農業(583頁)...全力を傾倒するに至れるまた自然の勢なりとす。蔬菜中本村の特色にして天下に著聞せる練馬大根に関して、既に記載せり。(後略)この両村の特徴とするところが、あくまで東京市民の...
11 練馬区独立十周年記念「練馬区史」(昭和32年刊行) 第四節 震災後の変化(592頁)...長)ごぼう(滝ノ川)瓜哇薯、里芋、らつきよう、結求白菜、玉蜀黍となつており、特に練馬大根採種が練馬町の特産物としてあげられている。このほか、植木及び盆栽がかなり商業的目...
12 練馬区独立十周年記念「練馬区史」(昭和32年刊行) 第六節 区内の農産物(618頁)...、むしろ区内から滅少化が著しくなつて来つつある。区内の大根としては、いう迄もなく練馬大根とよばれる練馬尻長大根と練馬秋止大根であるが、その他にも美濃早生大根ももちろん生...
13 練馬区独立十周年記念「練馬区史」(昭和32年刊行) 第六節 区内の農産物(619頁)...戸城に帰ると旧家の大木金兵衛に命じてこれを栽培させ、以後年々これを献上させたのが練馬大根といわれるはじめといわれているが、一説には、東海寺の沢庵和尚に命じて貯蔵の方法を...
14 練馬区独立十周年記念「練馬区史」(昭和32年刊行) 第六節 区内の農産物(624頁)...る。播種量  反当三合―四合畦幅   一尺八寸株間   一尺四寸―五寸播種法  練馬大根に準ずる。早播は井戸水に浸してこれを播く、晩播は人糞尿で浸しこれを播いている。肥...
15 練馬区独立十周年記念「練馬区史」(昭和32年刊行) 第七節 農家の副業(627頁)...り運搬機関が便であるか否かでその生産地がのびるかどうかが非常に密接に関係がある。練馬大根の主産地である区内にも、大正になつて、その販路の開拓は交通機関の発展とともに大い...
16 練馬区独立十周年記念「練馬区史」(昭和32年刊行) 第九節 商工業の進出 一 商業の発展(634頁)...が中心の通りといつたような風になつていつた。ただ、欧洲大戦の好況時代には、養蚕が練馬大根や大麦小麦の収穫高よりも高い値になつた時代があつたため、区内の村々なども大いに好...
17 練馬区独立十周年記念「練馬区史」(昭和32年刊行) 第三節 農業 一 独立当時の農業(923頁)練馬区は大部分が農村地帯であり、農業を主業とし、往時は練馬大根の産地として有名な処であつた。その生産量も都内の需用を満たすに充分なまで多きにの...
18 練馬区独立十周年記念「練馬区史」(昭和32年刊行) 第三節 農業 三 農村構造(943頁)ベツ類へと切替を行つて、この伝統ある練馬大根を一時中止しても経済的負担を軽くしようとする人々も少くない。こうして板橋区ととも...
19 練馬区独立十周年記念「練馬区史」(昭和32年刊行) 第三節 農業 三 農村構造(944頁)...ることが判る。漬物工場農業の機械化(谷原町)また農産加工として漬物があるが、流石練馬大根で名声があるだけに漬物は盛であつて、本区の重要な産業の一つになつている。戦後の農...
20 練馬区独立十周年記念「練馬区史」(昭和32年刊行) 第一節 伝説(1425頁)...地方では、めずらしかつたので、こんな話が生れたのではなかろうかという考えもある。練馬大根練馬の大根か、大根の練馬か、とにかく、かつての日には、大根は練馬の代表物であつた...
21 練馬区独立十周年記念「練馬区史」(昭和32年刊行) 第一節 伝説(1426頁)...一種である。従つて綱吉のいた御殿址という所が、旧下練馬村の北部本村の近くにあり、練馬大根発祥の地は、そばの桜台といつた所だと伝えているが、その真偽の程は、せんさくするま...
22 練馬区独立十周年記念「練馬区史」(昭和32年刊行) 第五編 補説 練馬大根の歴史 千川上水の歴史 練馬の道
23 練馬区独立十周年記念「練馬区史」(昭和32年刊行) 練馬大根の歴史(1501頁)練馬大根の歴史一 練馬大根の起源大根の起源についての、詳しいことはわからないが、古いところでは「日本書紀」...
24 練馬区独立十周年記念「練馬区史」(昭和32年刊行) 練馬大根の歴史(1503頁)練馬大根はいつ頃、誰によつてこの地に伝えられたのか、誰でも知りたいところであろう。そうし...
25 練馬区独立十周年記念「練馬区史」(昭和32年刊行) 練馬大根の歴史(1504頁)...。   享保二丁酉年 霜月十日       講親 鹿嶋又六鹿島又六の庚申塔又六が練馬大根の元祖であるという説は、練馬大根起源伝説のオーソドックスにはならなかつた。その理由は、第一に...
26 練馬区独立十周年記念「練馬区史」(昭和32年刊行) 練馬大根の歴史(1505頁)二 天下の練馬大根「大根の練馬」か「練馬の大根」かといわれる程の有名をはせた練馬大根は、大体元祿期より盛んに栽培されるようになつた。こうした練馬の発展の裏には大江戸...
27 練馬区独立十周年記念「練馬区史」(昭和32年刊行) 練馬大根の歴史(1506頁)...び武州練馬等の産是なり」(経済要録)というように江戸時代の書物に載せられている。練馬大根の碑ここで「天下の練馬大根」ぶりを少々紹介しておこう。寛政年間に江戸近郊の農村の風土を視察し...
28 練馬区独立十周年記念「練馬区史」(昭和32年刊行) 練馬大根の歴史(1507頁)       練馬大根碑                                       ...
29 練馬区独立十周年記念「練馬区史」(昭和32年刊行) 練馬大根の歴史(1508頁)三 練馬大根と農家経済「惣て江戸近郷の百姓は、畑作を好で田作を悦ばず」というように、江戸近在...
30 練馬区独立十周年記念「練馬区史」(昭和32年刊行) 練馬大根の歴史(1509頁) ?手網おつとりひらりと打乗り、手頃の大根、千里が鞭。練馬大根看板この「矢の根」は享保十四年(一七二九)正月、江戸中村座で二代目団十郎により初...
31 練馬区独立十周年記念「練馬区史」(昭和32年刊行) 練馬大根の歴史(1510頁)...な状態に農民を追いやり、小農にとつてはむしろ苦るしい状態に立ち至るのである。だが練馬大根の名声を博したのは、たくあん漬で、それは江戸時代よりはむしろ大正年間であろう。周...
32 練馬区独立三十周年記念「練馬区史(歴史編)」(昭和57年刊行) 目次(8頁)...二節明治の村と農業576第三節田柄用水の開発587第四節蚕糸業の発展597第五節練馬大根とたくあん漬け611第六節主要農作物631第七節大正から昭和への農業656第八節...
33 練馬区独立三十周年記念「練馬区史(歴史編)」(昭和57年刊行) 第二章 土地の利用(33頁)...ぎない(以上『世界農林業センサス』各年二月一日現在)。栽培される作物も、かつての練馬大根は影をひそめ、根菜類に代って葉茎菜類であるキャベツ(栽培面積二万五四六五a)を筆...
34 練馬区独立三十周年記念「練馬区史(歴史編)」(昭和57年刊行) 第三節 江戸の発展と武蔵野の開発(242頁)...た。その頃、江戸近郊の産地と名産野菜には次のようなものがあった。練   馬   練馬大根            多摩郡砂川   砂川ごぼう南 千 住   汐入大根(二年...
35 練馬区独立三十周年記念「練馬区史(歴史編)」(昭和57年刊行) 第三節 村の状態(313頁)...)は、五代将軍綱吉が右馬頭といっていた頃病気療養をした伝承として人口に膾炙され、練馬大根発生の地ということになっている。この綱吉はまた犬公方くぼうとも呼ばれ「生類憐み令...
36 練馬区独立三十周年記念「練馬区史(歴史編)」(昭和57年刊行) 第三節 村の状態(316頁)...村方明細書上帳)とか、「産物ハ大根ニ御座候」(安政二年明細書上帳下書)とある如く練馬大根をはじめとする蔬菜生産を専業とする江戸近郊農村であったと共に、一方では江戸との往...
37 練馬区独立三十周年記念「練馬区史(歴史編)」(昭和57年刊行) 第一節 農業生産の実態(352頁)...られていた。主な農産物練馬といえば大根、大根といえば練馬といわれるほど、当時でも練馬大根は文字通り人口に膾炙されていた。『新編武蔵風土記稿』でも豊島郡の総記で産物の筆頭...
38 練馬区独立三十周年記念「練馬区史(歴史編)」(昭和57年刊行) 第一節 農業生産の実態(353頁)雑記』の中でそれぞれ練馬大根は日本第一なりと絶賛している。練馬の土地に応じた主な産物のうち大根については別に...
39 練馬区独立三十周年記念「練馬区史(歴史編)」(昭和57年刊行) 第六章 地誌・紀行文にある練馬(493頁)...至てみじかく大きに柔かにして、風味よきは千住掃部宿に出る蘿蔔にならぶはあらじ」と練馬大根を最上だと褒めている。以下、載録した本文について若干の註を加えておく。まず、「石...
40 練馬区独立三十周年記念「練馬区史(歴史編)」(昭和57年刊行) 第六章 地誌・紀行文にある練馬(506頁)...り子を乗せて涼み客を楽しませた大川(隅田川)の屋形舟も、冬になると運搬用に替って練馬大根を積んで「兄せなあ」が乗り込むというわけである。「せなあ」は関東方言で、田舎の若...
41 練馬区独立三十周年記念「練馬区史(歴史編)」(昭和57年刊行) 第二節 明治の村と農業(576頁)...た。地形上一般に水田が少なかった練馬区域の諸村では畑作物が主要な地位を占め、特に練馬大根をはじめとする蔬菜類の栽培には力が注がれ、その品質の高さは広く江戸市中にも知られ...
42 練馬区独立三十周年記念「練馬区史(歴史編)」(昭和57年刊行) 第二節 明治の村と農業(577頁)...なった。他村に根付かなかった理由としてはたとえば上・下練馬村を中心とする地域には練馬大根やたくあん漬けなどが年とともに盛況を極め、リスクが大きいとされた養蚕にこだわる必...
43 練馬区独立三十周年記念「練馬区史(歴史編)」(昭和57年刊行) 第四節 蚕糸業の発展(601頁)れ、ことに西部方面に位置する練馬地域は練馬大根を中心とする畑作物を主としていた。こうした土地柄が養蚕とも結びつく条件ともなり、...
44 練馬区独立三十周年記念「練馬区史(歴史編)」(昭和57年刊行) 第五節 練馬大根とたくあん漬け(611頁)...井青年会長 豊田利右衛門書(※)表題は実際には碑文の上部に位置している.第五節 練馬大根とたくあん漬け伝説の大根江戸時代から練馬地域の代表的な蔬菜作物として当時のさまざ...
45 練馬区独立三十周年記念「練馬区史(歴史編)」(昭和57年刊行) 第五節 練馬大根とたくあん漬け(612頁)練馬大根は、由来甚だ久しく、徳川五代将軍綱吉が館林城主右馬頭たりし時、宮重の種子を尾張に...
46 練馬区独立三十周年記念「練馬区史(歴史編)」(昭和57年刊行) 第五節 練馬大根とたくあん漬け(618頁)...路では、冬の朝にこうした人たちの大根を運んでゆく姿がひんぱんに見られた。大根栽培練馬大根とひと口に言ってもそれは単にひとつの品種を示すものではなく、練馬地方に栽培され育...
47 練馬区独立三十周年記念「練馬区史(歴史編)」(昭和57年刊行) 第五節 練馬大根とたくあん漬け(619頁)て練馬で産した大根、すなわち練馬大根として後世に伝えられることとなったと考えてよい。従ってその品種もさまざまで用途に...
48 練馬区独立三十周年記念「練馬区史(歴史編)」(昭和57年刊行) 第五節 練馬大根とたくあん漬け(624頁)...うな試錬を経てなお大根生産は活発に展開され続けていたのである。たくあん漬けのこと練馬大根の名を今日に留めることとなったその元をたどれば、それはすなわちたくあん漬けの普及...
49 練馬区独立三十周年記念「練馬区史(歴史編)」(昭和57年刊行) 第五節 練馬大根とたくあん漬け(625頁)...ように配慮したということも、上部ほど太陽光線を受けやすいという理由からであろう。練馬大根の沢庵漬支那へ輸出〔一二・二、東京日日〕前日の紙上に支那人が練馬大根を買込むことを記せしが、...
50 練馬区独立三十周年記念「練馬区史(歴史編)」(昭和57年刊行) 第五節 練馬大根とたくあん漬け(629頁)...郎が選ばれ、練馬系の大根の品種改良に力を尽している。こうして得られた種子が同村の練馬大根採種組合(昭和二年設立)において育成された訳である。そもそも大根種子については練...